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もしも季節がいちどにきたら

②はじめて女性と付き合ったのは、高校生の時だった。

彼女の名前は「メグミ」。

隣の町の山の中から、家族の運転する車によって通っていた。

彼女は勉強ができた。

色白で、容姿も美しくて、人懐っこくて、クラスの人気を一気にさらっていたけれども、どうも本人には自覚がなかったように思う。

大人びたまなざし。

放送部、茶道部、演劇部の掛け持ち。

よくJKの写真で、長い髪のさらさらな人が、振り返って、にこって感じの写真ありますよね。

ホントそんな感じの、なんて表現すればいいのだろう、存在が美しいというか、

(かなり昔の話なので、思い出が美化されてますね笑)

美しかったですね。

だけど、彼女は運動が苦手だった。

ドッヂボールをすれば誰よりも先にボールがあたり、バスケのゴールも入らない。

その様子を見て、私は笑っていた。

むすっとする彼女。

「そんなに笑うなら、私にスポーツを教えてよ!」

「育成選抜に選ばれたことがある私に言うなんて、高くつくよ?」

そう茶化しながらも、バスケを教えてあげたのだった。

小学生までは、私もバスケをしていたのだけれども、足の筋を切るケガをしてたのと、中学では別の部活をしたくなったので、バスケは辞めたのだった。

私は、バスケを教える代わりに彼女に勉強を教えてもらった。

ビアンなので、田舎では自分は生きにくいだろうと。

東京に出て、もっと人が多い地域に行きたかった。

とにかく、情報が欲しかった。

そして、自分の将来について考えたかった。

けれども私がいくらひとりになろうとも、いつも、彼女が近づいてきた。

いつの間にか、一緒にいる時間が長くなった。

気が付けば、自分がビアンでセクシャルに悩んでいることを忘れていた。

「もっとFEELと一緒にいたい」

彼女は原付の免許を取った。

いつもの彼女は、毎日送り迎えをしてもらっていたので、学校にいる時間が限られていたのだ。

その車はいつも洗い上げられた外車で、彼女がそれなりにお嬢様だったことを表していた。

なので、原付の免許取得は、彼女なりの恵まれた生活からの逃げでもあったように感じていた。

その頃の私は、高校生議会や、国体イベントなど生徒会の活動が忙しく、あまり一緒に帰宅時間を合わせることができていなかった。

なので、彼女が合わせてくれて、一緒に、私が遠回りしながら帰った。

誰もいないところでは手をつなぎ、

笑う時には顔が近づいた。

川のせせらぎや、緑に生い茂る桜の葉、キラキラと輝く光の反射を見て、美しいねと語り合った。

(こんなに、心も純粋な人が、私なんかが、人間として出来損ないであるレズビアンである私なんかが、隣にいてもいいのだろうか?)

自分に何度も問いかけた形跡が、当時のブログにある。

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